宙ぶらりんの日々

新婚の派遣OL、お金はまだない

私の隣には、50代の窓際族が座っている

 

異動した。

事務所には五人しかいない。いわゆるサポート部門というところで、あらゆる社員の辻褄を合わせるような業務だ。所属する会社は一緒だが、サポートする会社が変わった。朝礼なし、ラジオ体操なし、服装自由。規則でがんじがらめになっていた、泥臭い前の会社とは全く異なっていた。

 

働いて一ヶ月。右には上司が、左には元上司が座っている。

元上司というのは、以前、直属の上司だった人だ。50代半ばで、そこそこの地位にいるはずなのに、仕事をしているところを一度も見たことがない。下っ腹は出てきているが、妙に幼い顔立ちをしている。面倒ごとには一切口出ししない人だった。のちのち気づいたが、すべての事柄において口出ししないことに気づいた。

噂では、左遷されたと聞いていた。まさかここにいるとは、小さく驚く。聞くと私と同じ部署にいるわけではないらしい。席だけ用意されているだけで、部署自体には所属していないため、彼のためのパソコンも備品も特にない。一時的な保留場所、と言えば分かりやすいだろうか。

上司とはいうものの、共に働いていたわけではない。私たち現場の責任が、その人にあったというだけだった。そのため彼が働くところを見るのはこれが初めてになる。

 

午前中に彼はやってきた。のそのそと各階の備品を補充した。次に各階の温度を調整した。以上。

 

そのあと彼はデスクで、社内用携帯をいじっていた。そこまではよかった。しかしやることがなくなったのか、本を開き始めたのだ。まじかー。

読書にいそしむ元上司。あの、まだお昼時間まで1時間以上あるのですが。私、あなたの隣でメールを返したり、雑務に追われているのですが。

お昼休みになり、やっと彼は事務所から出て行った。どうやら午後は別のところで勤務らしい。「お疲れ様でした」みな機械的に答える。私の上司も同じように。

一日だけと思いきや、毎日毎日、同じリズムで勤務をしていた。備品補充、温度調節、社内携帯、読書たまに昼寝。一種のロボットのように規則的に。

 

あんな業務でも私より稼いでるんだろうなあ。交通費ももらって、ボーナスも支給されて。

私の中に生まれたのは妬みより、恐怖だった。50代半ばで、正社員で、そこそこの地位もついてたはずなのに、今は子供でもできるような仕事しか振られていない。仕事を任せられる能力がないと判断されたけれど、正社員だから首を切ることもできない、年齢も年齢だから注意できる人もいない。体のいい厄介払い。

おそろしい、背中が震え上がる。どうしてそうなってしまったんだろう。どこかに転職するとか、仕事ができるよう努力するとか、行き詰ったら「助けてください」と他人に求めることとか、出来なかったんだろうか。

「成果主義」が台頭しはじめる時代、このまま進めば20年後には彼は首を切られていただろう。しかしその頃には退職金ももらって、悠々自適な生活。独身と聞いていたから、子供に使う必要もない。

世間一般的には「運がいい」と言うのだろう。景気が良かったときに大企業に入れて運がいい、終身雇用の日本で働けて運がいい、楽な仕事でたくさんの給与をもらえて運がいい。

しかし私に羨む気持ちが生まれないのは、彼の顔が死んでいるからだ。生きながらも死んでいるのだ。淡々と業務をこなしたあと、慌ただしく働く私たちのデスクから目を逸らすように、本へ現実逃避をする。その顔は死人のようだった。

「仕事にはやりがいなんていらない」居酒屋でサラリーマンたちがよく愚痴っているけれど、すべてのやりがいを奪われてしまうと、あぁなってしまうんだなあ。お金だってもらって、仕事だって楽なのだから、プライベートは充実しててもいいはずなのに、そんな薄暗いオーラしか出ないんだよなぁ。「こんな仕事でお金もらえてハッピー!」一日だけならまだしも、毎日続くと人間はダメになってしまうんだ。

 

今日も元上司はやってくる。

相変わらず死んだ魚の目をしている。私は目を逸らすようにパソコンに集中した。

あんな風にはなりたくないなぁという一種の恐怖は、まだ心の隅でくすぶっている。